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横浜地方裁判所 昭和49年(ワ)1816号 判決 1976年8月24日

原告

所外二

ほか六名

被告

株式会社大藤

主文

一  原告所外二の請求を棄却する。

二  被告は、原告麻生繁、同菊池道子、同小沢幸子、同石渡美子、同麻生悦子及び同梶本純子に対し、各金三八万〇〇〇四円及び内金三三万〇〇〇四円に対する昭和四九年二月一八日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告麻生繁、同菊池道子、同小沢幸子、同石渡美子、同麻生悦子及び同梶本純子のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、原告所外二と被告との間においては、被告に生じた費用の七分の一を原告所外二の、その余を各自の各負担とし、原告麻生繁、同菊池道子、同小沢幸子、同石渡美子、同麻生悦子及び同梶本純子と被告との間においては、同原告らに生じた費用の五分の一を被告の、その余を各自の各負担とする。

五  この判決は、第二項にかぎり、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

(一)  被告は、原告所外二に対し、金三一七万九七四二円及び内金二七六万九七四二円に対する昭和四九年二月一八日から支払いずみまで年五分の割合による金員を、並びに原告麻生繁、同菊池道子、同小沢幸子、同石渡美子、同麻生悦子及び同梶本純子(以下、以上六名を原告麻生らという。)に対し、各金一五四万三二四八円及び内金一四二万三二四八円に対する昭和四九年二月一八日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決及び仮執行の宣言を求める。

二  請求の趣旨に対する答弁

(一)  原告らの請求をすべて棄却する。

(二)  訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決を求める。

第二当事者の主張

一  請求原因

(一)  事故の発生

訴外麻生ゆき(以下、ゆきという。)は、次の交通事故(以下、本件事故という。)によつて死亡した。

1 発生時 昭和四九年二月一七日午後六時頃

2 発生地 横浜市港北区師岡町三〇八番地先交差点(以下、本件交差点という。)内

3 加害車(1) 普通乗用自動車(横浜五六て三〇九〇号、以下、甲車という。)

運転者 訴外有木正史(以下、有木という。)

4 加害車(2) 普通乗用自動車(横浜五五た六一六号、以下、乙車という。)

運転者 訴外阿部俊紀

5 被害者 ゆき

6 態様 本件交差点内を南側から北側へ横断中のゆきに、東進中の甲車が衝突してはね飛ばし、更に同女に後続の乙車が衝突し転倒させた。

7 事故の結果 ゆきは、本件事故により、脳挫傷兼頭蓋内損傷の傷害を受け、その場で死亡した。

(二)  責任原因

被告は、次のいずれかの理由により、本件事故によつてゆき及び原告らに生じた損害を賠償する責任がある。

1 被告は、甲、乙両車を業務用に使用し、自己のために運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法(以下、自賠法という。)三条本文による責任を負う。

2 被告は、有木を従業員として使用し、同人が被告の業務を執行中、次のような過失によつて本件事故を発生させたのであるから、民法七一五条一項による責任を負う。

すなわち、有木は、自動車運転者として、自動車の運転にあたり、他人に危害を及ぼさない速度と方法で運転する義務があり、また、横断歩道のない交差点あるいはその直近を歩行者が横断しているときは、その歩行者の通行を妨げてはならない注意義務があるのに、これを怠り、甲車を運転して横断歩道のない本件交差点に差し掛つた際、後続の乙車の動向に注意を奪われ前方を注視しないで運転を続け、本件交差点内道路を左側へ横断中のゆきの発見が遅れ、かつ、同女を発見した後も、漫然、同女が横断を止めてくれるものと軽信して再び乙車の動向に注意を向け、減速も制動もせず、制限速度違反の時速七〇キロメートルという高速度で進行したため、同女が進行車線の中央付近に至つたときようやく同女が横断を続けていることに気付き、あわてて制動したが間に合わず、甲車を同女に衝突させたものである。

(三)  相続

原告所は、ゆきの夫、原告麻生らは同女の子であつて、同女の死亡によりそれぞれ同女の権利を、原告所は三分の一、原告麻生らは各九分の一ずつ相続した。

(四)  損害

1 ゆきの逸失利益 金一七四六万円

ゆきが死亡によつて喪失した得べかりし利益は、次のとおり金一七四六万円と算定される(一万円未満は切捨て)。よつて、原告らは、前記の相続分に応じ、原告所は金五八二万円、原告麻生らは各金一九四万円(一万円未満は切捨て)をそれぞれ相続した。

(死亡時) 五九歳

(推定余命) 二一年

(稼働可能年数) 一〇年

(年収) ゆきは、本件事故当時、訴外サトーサ株式会社及び同デンソー工業株式会社に勤務し、両社から年合計金三一三万九八六八円の収入を得ていた。

(控除すべき生活費) ゆきは、その収入により無職の夫(原告所)らを扶養していたものであり、生活費としては収入の三割が相当である。

(年五分の中間利息控除) ホフマン式年別計算による。

2 葬儀費用 金四〇万円

原告所は、ゆきの葬儀費用として金四〇万円を支出し、同額の損害を蒙つた。

3 原告らの慰藉料

原告所 金一四〇万円

原告麻生ら 各金一一〇万円

原告らがゆきの死亡により受けた精神的損害を慰藉すべき額は、本件事故の態様、被害状況、ゆきと原告らの身分関係等に鑑み、原告所につき金一四〇万円、原告麻生らにつきおのおの金一一〇万円が相当である。

4 弁護士費用

原告所 金四一万円

原告麻生ら 各金一二万円

原告らは、原告ら訴訟代理人に本件訴訟を委任し、判決言渡の時に、その報酬として認容額の一割に相当する金員を支払うことを約した。

5 損害の填補

原告らは、自賠責保険から原告所において金四八五万〇二五八円、原告麻生らにおいて各金一六一万六七五二円の各支払いを受け、それぞれこれを損害額に充当した。

(五)  結論

よつて、被告に対し、原告所は金三一七万九七四二円及びそのうち弁護士費用を除く金二七六万九七四二円に対する本件事故発生の日の翌日である昭和四九年二月一八日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを、並びに原告麻生らは各金一五四万三二四八円及びそのうち弁護士費用を除く金一四二万三二四八円に対する右昭和四九年二月一八日から支払いずみまで右割合による遅延損害金の支払いを、それぞれ求める。

二  請求原因に対する認否

(一)  (一)項の事実は認める。

(二)  (二)項1のうち、被告が、甲、乙両車の運行供用者であることは認める。同項2の事実のうち、有木が、前方を注視しないで運転したため道路中央付近を横断中のゆきの発見が遅れたこと及びゆきが横断を中止すると軽信したことは否認する。本件交差点に横断歩道がないこと、有木が約七〇キロメートルの速度で進行していたこと、同人に民法七〇九条の責任があること及び同人が被告の従業員であり、被告の業務に従事中本件事故を発生させたことは認める。

(三)  (三)項の事実のうち、原告麻生らがゆきの子であることは認める。

(四)  (四)項1の事実のうち、ゆきが死亡時五九歳であつたことは認め、ゆきの逸失利益の額、各原告らの相続額は否認する。ゆきの生活費の割合、稼働可能年数、中間利息控除につきホフマン式計算法によることは争う。その余の事実は知らない。同項2、3の事実は否認する。同項4の事実のうち、原告らが本件訴訟を原告ら訴訟代理人に委任したことは認め、その余は知らない。同項5の事実のうち、原告らが自賠責保険から合計金一四五五万円の支払いを受けたことは認める。

三  抗弁(過失相殺)

(一)1  本件交差点は、新横浜駅前方面(西方)から鶴見方面(東方)に通ずる、歩車道の区別のある車道幅員約一八・二メートルの、中央部に幅約二メートルのグリーンベルトがあり、片側二車線(幅員約八・一メートル)の市道と、その北側において四メートル、南側において四・五メートルの各幅員を有する道路とが、十字に交差する場所で、同交差点には信号機はなく、また、前記のように横断歩道も設けられていない。本件交差点から市道を約七〇メートル新横浜駅前方面に寄つた地点には、信号機が設置され、かつ横断歩道を備えた富士食品前交差点があり、市道は、同交差点から本件交差点付近まで登り坂となつて、左カーブを描き、また、両交差点間の市道の両側は、崖あるいは山になつている。本件事故発生時は、夜間のうえ、曇天でもあつたことから、付近は極めて暗くなつていた。なお、本件交差点付近は、車両の交通量が多く、特に午後六時前後はかなり頻繁である。

2  ゆきは、本件事故当時、本件交差点から南東約一〇〇メートル隔つた市道の南側崖面上の長男(原告繁)宅を出、東横線大倉山駅へ向つたものであるが、原告繁宅より大倉山駅への経路は、坂道を下つて市道南側の歩道に降り、右歩道を富士食品前交差点まで西進し、同交差点の信号機に従つて横断歩道を北側に渡り、そのまま直進するのが安全な順路であり、また、歩行距離上も最短経路となる。

3  しかるに、ゆきは、富士食品前交差点で市道を横断することなく、あえて、前叙のような本件交差点を横断しようとし、市道の南側部分を渡つて、一旦、市道中央のグリーンベルトの切れ目付近に立ち止つた。その際、市道の北側部分には左側方(富士食品前交差点方面)から甲、乙両車が接近し、特に甲車は約二〇メートルの至近距離に迫つていたのに、ゆきは、同方面への安全確認を欠いたか、あるいは甲、乙両車の接近を知りながら情況判断を誤つたか、甲車の直前を横断しようとして、本件事故にあつたものである。

(二)  右のように、本件事故発生については、ゆきの、安全に横断できる経路をとらず、あえて危険な本件交差点を横断しようとし、その上、甲車の直前を横断した過失も寄与しているのであるから、賠償額算定につき、これを斟酌すべきであり、少なくとも三五パーセントの過失相殺をすべきである。

四  抗弁に対する認否

(一)  (一)項1の事実のうち、本件交差点及びその付近が被告主張のとおりの状況にあること並びに被告主張の地点には富士食品前交差点があり、同交差点には信号機が設置されていることは認める。本件交差点付近が極度に暗かつたことは否認する。本件交差点付近には、街路灯も設置されており、見通しが良い地点である。同項2の事実のうち、ゆきが、長男原告繁宅から大倉山駅へ向つたものであることは認めるが、被告主張の経路が順路であることは否認する。本件交差点から富士食品前交差点に至る市道南側歩道上には石段三二段の丘状歩道部分があり、歩行に苦痛を伴うことから近隣の住民はこれを避け、その結果、本件交差点で市道を横断するのを常としていた。同項3の事実のうち、ゆきが本件交差点において甲車の直前を横断しようとしたことは認め、その余は否認する。

(二)  被告の過失相殺の主張は争う。ゆきの過失割合は、前記の有木の過失を考えるときは、五パーセントが相当である。

第三証拠〔略〕

理由

第一事故の発生と責任

請求原因(一)項の事実及び被告が甲、乙両車の運行供用者であることは当事者間に争いがない。よつて、被告は自賠法三条本文により、本件事故によつて、ゆき及び原告らに生じた相当の損害を賠償する責任がある。

第二事故態様と過失相殺

一  本件交差点には横断歩道が設けられておらず、かつ、同交差点及びその付近のその余の状況が被告主張のとおりであること並びに本件交差点から市道を約七〇メートル新横浜駅前方面(西方)に寄つた地点には富士食品前交差点があり、同交差点には信号機が設置されていることは、いずれも当事者間に争いがない。さらに、本件交差点から南東約一〇〇メートルの市道南側崖面上に、ゆきの長男原告繁の自宅があることは、原告らにおいて明らかに争わないから自白したものと看做し、そして、本件事故当日、ゆきが右原告繁宅を出て、東横線大倉山駅へ向つたものであること及び同女が本件交差点において甲車の直前を横断しようとしたこともまた、いずれも当事者間に争いがない。

二  いずれもその成立に争いのない甲第四ないし第六号証、乙第一、第三、第五ないし第八、第一〇号証及び原告麻生繁本人の供述(第一回、後記採用しない部分を除く。)によれば、次の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(一)  前記の市道は、アスフアルト舗装され、本件交差点付近においてグリーンベルトが切れ目となつており、時速五〇キロメートルの最高速度制限の規制がなされている。また、車両の通行は、やや多く、本件交差点は交通事故多発地点である。

(二)  富士食品前交差点には横断歩道も設けられており、市道は、同交差点から本件交差点付近までは、緩やかな左カーブを描いた、なだらかな登り坂で、本件交差点付近においてやや急勾配となり、その間の両側には小高い崖または丘が迫つているが、見通しは悪くない。

そして、前記原告繁宅より、最寄りの東横線大倉山駅に向うには、まず市道南側歩道に降りて右市道を西進し、富士食品前交差点において右折したうえ、市道と交差する道路を北に向うのが経路である。原告繁宅から富士食品前交差点に至るまでの間、北側に横断する場所としては本件交差点の外にはなく、また、歩行者横断のための安全施設は富士食品前交差点だけに備えられているところ、市道南側の歩道は、本件交差点西端から約三四メートルにわたり歩道面が盛り上つて丘状をなし、三二段の石段となつているため、付近の住民の中には富士食品前交差点まで赴いて同所で市道を横断する方法をとらず、安全設備のない本件交差点を横断する者もしばしば見られる。

(三)  本件事故当時は、曇天で、前記のような時刻ではあつたが、本件交差点付近には街路灯もあつて、やや明るく、前方約五〇メートル程度は見通し可能であつた。

(四)  有木は、本件交差点付近を毎日の様に通行し、その道路状況を知悉していたものであるが、甲車を運転し、鶴見方面に向つて市道左側の車両通行帯を時速約七〇キロメートルでライトを下向きにして東進し、本件交差点に差し掛つた。その折、対向車及び先行車はなく、後続車が五、六台ある程度であつた。

(五)  ゆきは、前記のように原告繁宅を出て、東横線大倉山駅に向うため、本件交差点を南側から北側に横断しようとしたが、その際、同女は市道の南側部分を越えて、グリーンベルトの東側切れ目付近で一旦立ち止まつた。

(六)  有木は、富士食品前交差点を青信号で通過したあたりから、右後方約一〇メートルの右側車両通行帯を、同一方向に進行している乙車をルームミラーに認め、右乙車を注視しながら約二九メートル東進した後、約三九メートル前方の本件交差点内グリーンベルトの東側切れ目付近に、北方を向いて立つているゆきを発見した。しかし、有木は、自車が通過するまでゆきは横断を始めないだろうと軽信し、何ら減速、制動することなく時速七〇キロメートルで、再びルームミラーにより乙車の動向に注意しつつ約二〇メートル進行し、そこでようやく、約一七・五〇メートル前方の地点を、片手を挙げて小走りに左側へ横断しているゆきに気付き、あわてて急制動、左転把したが間に合わず、甲車右側前部を同女に衝突させて、前記の如き態様の事故を惹起したものである。

三  一、二項の各事実に基づけば、被害者であるゆきにも、大倉山駅に向うに際して、信号機が設置され、横断歩道のある富士食品前交差点を用いても、特に遠回りになることもないのに(同交差点に至るまでには丘状歩道を歩かねばならない困難を伴うとしても)、あえて、夜間に、交通事故多発地点であり、歩行者のための安全施設のない本件交差点において市道を横断しようとし、加えて、甲車の直前を横断しようとした不注意が認められるのであり、右不注意が本件事故発生に寄与していることは明らかである。そして、被害者側の右不注意を斟酌するときは、被告は、原告らに対し、本件事故によつてゆき及び原告らが蒙つた相当の損害額のうち、八五パーセントに当る金員を賠償すべきものとするのが相当である。

第三損害

一  ゆきの損害と相続

(一)  ゆきの逸失利益 金一一四三万〇七九五円

1 成立に争いのない甲第一号証、原告麻生繁本人の供述(第一回)により成立を認める甲第二、第三号証の各一、二及び同原告本人の供述(第一、二回、第一回のうち後記採用しない部分を除く。)によれば、次の事実が認められる。

(1) ゆきは、大正四年二月一四日生れで、本件事故時まで健康で過し、事故当時五九歳であつた(当時の年令は当事者間に争いがない。)。ゆきは、昭和八年一一月一日原告所と婚姻して、同原告との間に前記原告繁(昭和一〇年三月七日生)のほか、長女原告道子(昭和一四年六月二五日生)、次女原告幸子(昭和一七年四月五日生)、三女原告美子(昭和一八年二月一七日生)、四女原告悦子(昭和二二年五月二八日生)、五女原告純子(昭和二三年九月二八日生)を儲けた(原告道子以下の原告らが、ゆきの子であることも当事者間に争いがない。)。しかし、原告所は、昭和四四年頃ゆきの許を離れて所はつと同棲するようになつたので、ゆきは、長男の用意したマンシヨンで四女、五女とともに生活し、本件事故当時は、未婚の四女と一緒に右マンシヨンで暮し、四女は、アルバイトをして、月金四ないし五万円の収入を得ていた。なお、原告所は、本件事故後の昭和四九年七月三〇日、所はつと正式に婚姻の届出を了した。

(2) ゆきは、代用教員をしたり、教職員組合の仕事をしたりした後、昭和四〇年頃からサトーサ株式会社に勤務し、前歴を生かして、主に教職員相手の洋服生地販売のセールスをしていたもので、昭和四八年の年収は金一五〇万一七六八円であつた。

(3) ゆきは、昭和四四年頃からは、サトーサ株式会社に勤務する傍ら、デンソー工業株式会社において午前中だけ伝票の整理をする等して賃金名下に金員の支給を受けるようになり、その後、同社従業員寮の約一〇名の朝食の賄いと伝票整理とを行つていて、昭和四八年に同社から得た賃金名下の収入は合計金一六三万八一〇〇円であつた。

(4) ところで、デンソー工業株式会社は、原告繁が昭和三八年五月に同原告とその妻の出資とで設立した資本金二〇〇〇万円の同族会社であり、同社の役員は同原告とその妻、ほか二名という構成である。

以上のように認められる。原告麻生繁本人の供述(第一回)中、以上の認定に牴触する部分は、右認定に供した証拠に対比してたやすく採用し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

2 本件事故当時のゆきの年令及び健康状態に、厚生省作成の昭和四九年の簡易生命表による五九歳の女子の平均余命が二一・一〇年である事実を併せ考えれば、ゆきは、本件事故がなければ、あと一〇年間は稼働可能であつたと推認することができる。そしてその間、ゆきは、総じて平均してみると本件事故当時の水準の収入を得ることができたというべきであり、勤労者の給与の水準が昭和四九年及び同五〇年に、それぞれ平均前年比三二・七パーセント及び一三・一パーセント上昇したことは公知の事実であるから、ゆきの収入も右の割合で上昇したものと推認することが可能である。

ところで、死者の逸失利益は、死者が死亡によつて喪失した稼働能力の対価の喪失にほかならないから、その算定の基礎となるべき収入は、死者生前の稼働の対価と評価されるべきものに限られるものであるところ、ゆきのデンソー工業株式会社における賃金は、同社における同女の仕事内容、同社の人的構成等に照らし、その全額を同女の稼働の対価とみることはできず、その半額を稼働の対価と評価するのが相当である。そして、ゆきの家族関係を勘案すると、同女は六九歳までの一〇年間、生活費等の諸経費として、その収入の五割の支出を余儀なくされるものと推認するのを相当とする。

3 1及び2の諸事情を基礎として、ゆきの逸失利益を現在の水準により算定すれば、ライプニツツ式計算法により年五分の中間利息を控除し、次の算式のとおり金一三四四万七九九五円となる。従つて、ゆきが本件事故により被告に対し取得した損害賠償請求権は、前記過失相殺により、右金員の八五パーセントである金一一四三万〇七九五円となる。

(1,501,768円+1,638,100円×(0.5))×1.327×1.131×(1-0.5)×7.7217=13,447,995円

(二)  相続

原告らとゆきとの身分関係は前記のとおりであるから、原告らは同女の損害賠償請求権を、相続により承継取得したというべきである。

二  原告所の損害

(一)  葬儀費用

本件に顕われた全証拠によつても、原告所がその出捐でゆきの葬儀を行つたとの事実を認めることができない。

(二)  慰藉料

一項(一)1の(1)に認定の事実に基づけば、本件事故当時、原告所とゆきとは事実上の離婚状態にあつたものと認められ、しかるときは、同原告につき、ゆきの死亡による慰藉料請求は、これを否定するのが相当である。

三  原告麻生らの損害

慰藉料 各金八五万円

原告麻生らとゆきとの身分関係等本件口頭弁論に顕れた諸般の事情を考慮し、さらに、ゆきの前認定の不注意を斟酌すると、同原告らがゆきの死亡によつて受けるべき慰藉料は各金八五万円が相当である。

四  損害の填補

原告らは、いずれも自賠責保険から、本件損害賠償として、原告所において金四八五万〇二五八円、原告麻生らにおいて各金一六一万六七五二円を受領したと自認する。ところで、原告らが填補を自認する損害には、原告らがゆきから相続したものと原告ら固有のものが混在しており、かつ原告所の受領額は、前記認定のゆきの損害賠償請求権についての同原告の法定相続分を超過し、また同原告の固有の損害を認めることができないことは前記説示のとおりであるから、このような場合、他の主張・立証のない本件においては、右自認は、まずゆきの損害について填補がなされ、あわせてこれが、原告所には右自認の金員に、原告麻生らにはその余の部分についてその法定相続分の割合に従つて平等に分割され、次いで原告麻生らの固有の損害について填補がなされたとの趣旨と解するのが相当である。そうすると、原告らが右のとおり自認する金員は、合計金一四五五万〇七七〇円となるから、前記認定のゆきの損害賠償請求権である金一一四三万〇七九五円は、全額これにより填補され、あわせてこれが、原告所には右自認の金額に、原告麻生らにはその余の部分である金六五八万〇五三七円の六分の一である各金一〇九万六七五六円に分割され、次いでその余の各金五一万九九九六円が、原告麻生らの固有の損害である前記認定の慰藉料各金八五万円の填補に充てられたことになる。従つて、原告所については被告が賠償すべき損害額はなく、原告麻生らについては右各慰藉料の残金である各金三三万〇〇〇四円が被告の賠償すべき損害額となる。

五  弁護士費用 原告麻生らにつき各金五万円

弁論の全趣旨によれば、被告において本件損害賠償の任意の弁済をしないため、原告らが原告ら訴訟代理人に本件訴訟の提起追行を委任し(訴訟委任自体は当事者間に争いがない。)、相当額の費用、報酬の支払いを約したことが認められるところ、本件訴訟の経緯、認容額等に鑑みると、原告麻生らについては各金五万円を本件事故と相当因果関係のある損害として被告の負担すべきものとみるのが相当である。しかし、原告所については、本件事故と相当因果関係のある損害とみることはできず、同原告の弁護士費用の請求は失当である。

第四結論

してみれば、原告所の被告に対する本訴請求は理由がないので棄却することとし、原告麻生らの本訴請求は被告に対し、各金三八万〇〇〇四円及び右金員から弁護士費用金五万円を控除した金三三万〇〇〇四円に対する本件事故発生の日の翌日である昭和四九年二月一八日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で正当であるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却すべきものである。よつて訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 中田四郎 江田五月 清水篤)

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